マッカーサー発言「日本は12歳の少年」についてのまとめ

ダグラス・マッカーサー(Wikipedia)
「12歳」発言
民主主義の成熟度について「アメリカがもう40代なのに対して日本は12歳の少年、日本ならば理想を実現する余地はまだある」と述べた。
上記「12歳」発言は、1951年5月5日に米上院軍事外交委員会において上院議員 R・ロングが行った「日本とドイツの占領の違い」に関する回答として行われたものである。マッカーサーは次のように回答した。

1. 科学、美術、宗教、文化などの発展の上からみて、アングロ・サクソン民族が 45 歳の壮年に達しているとすれば、ドイツ人もそれとほぼ同年齢である。

2. しかし、日本人はまだ生徒の時代で、まだ 12 歳の少年である。

3. ドイツ人が現代の道徳や国際道義を守るのを怠けたのは、それを意識してやったのであり、国際情勢に関する無知のためではない。ドイツが犯した失敗は、日本人の失敗とは趣を異にするのである。

4. ドイツ人は、今後も自分がこれと信ずることに向かっていくであろう。日本人はドイツ人とは違う。



この発言を見ると、ドイツ=成熟しているから、自分で考え自分で行動できる国民だけど、日本=未成熟なため、モデルになる考えや行動をアメリカから与えてやることで「(アメリカにとっての:管理人追記)理想を実現する」ことができる。という風にとれる。


「日本人の精神年齢は12歳だ。」とマッカーサーは言ったことがあるらしいですが、... http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1048298520


octoberpencilさん

マッカーサーはその時、日本を馬鹿にしてそのようなことをいった訳ではありません。

同じ敵国であるドイツと比べて、ドイツは民主主義が十分成熟した上で、軍国主義、ファシズムを敢えて選んだが、一方日本の場合は民主主義が成熟していない、西欧と比べたら、「12歳」くらいの状態で、無知な状態で軍国主義に陥った。
ドイツは国際情勢、国際法、そのた慣習などにおいて全て熟知した上で戦争を起こしたが、日本はそうではない。
したがって、日本の場合は、ナチスドイツと同じ罪の重さではない。

と日本を擁護しようとしたのです。
この時の、連邦議会でのマッカーサーは一貫して日本が戦争を行ったのはしかたがなかった、と主張し擁護しています。

ですから、私がその場にいたら、感謝の言葉を言ったでしょう。



この方は上記のマッカーサー発言(1951年5月5日)を「西欧と比べたら日本は12歳ぐらいの状態で無知な状態で軍国主義に陥ったから、日本はナチスドイツと同じ罪の重さではない。」と捉え、さらに連邦議会でのマッカーサーは「日本が戦争を行ったのは仕方がなかった」と一貫して主張し日本を擁護している、と言っています。

この方の考えを読むと、件のマッカーサー発言は米国の議会で日本擁護の言葉のように読めますが、マッカーサーの意図は違ったと思うね。

なぜなら、「日本ならば理想を実現する余地はある」と言い、その理由に「ドイツ人は、今後も自分がこれと信ずることに向かっていくであろう。日本人はドイツ人とは違う。」と言っているわけだから、アメリカにとっての理想=アメリカにとって都合の良い植民地、を実現する事がドイツでは無理だけど、日本なら可能だろうと思っていたということだと思う。

日本は八方ふさがりで戦争に向かわざるをえなかったという意図の発言は、上記の発言とは異なる日に言われているのを見つけた。↓


対訳 マッカーサー証言 昭和26年5月3日、米国議会上院の軍事外交合同委員会で行われた質疑応答の一部
Strategy Against Japan In World War II
第二次世界大戦における対日戦略

Senator Hickenlooper.
ヒッケンルーパー上院議員

Question No. 5: Isn't your proposal for sea and air blockade of Red China the same strategy by which Americans achieved victory over the Japanese in the Pacific?
5番目の質問です。赤色中国に関する海と空からの封鎖という貴官の提案は、太平洋において米国が日本に勝利を収めた際の戦略と同じではありませんか。

General MacArthur.
マッカーサー将軍

Yes, sir.
そうです。

In the Pacific we bypassed them.
太平洋では、米国は日本を迂回しました。

We closed in.
そして閉じ込めたのです。

You must understand that Japan had an enormous population of nearly 80 million people, crowded into 4 islands.
日本が抱える八千万人に近い膨大な人口は、四つの島に詰め込まれていたということをご理解いただく必要があります。

It was about half a farm population. The other half was engaged in industry.
そのおよそ半分は農業人口であり、残りの半分は工業に従事していました。

Potentially the labor pool in Japan, both in quantity and quality, is as good as anything that I have ever known.
潜在的に、日本における予備労働力は、量的にも質的にも、私が知る限りどこにも劣らぬ優れたものです。

Some place down the line they have discovered what you might call the dignity of labor, that men are happier when they are working and constructing than when they are idling.
いつの頃からか、彼らは、労働の尊厳と称すべきものを発見しました。つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだということを発見したのです。

This enormous capacity for work meant that they had to have something to work on.
このように膨大な労働能力が存在するということは、彼らには、何か働くための対象が必要なことを意味しました。

They built the factories, they had the labor, but they didn't have the basic materials.
彼らは、工場を建設し、労働力を抱えていましたが、基本資材を保有していませんでした。

There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm.
日本には、蚕を除いては、国産の資源はほとんど何もありません。

They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack a great many other things, all of which was in the Asiatic basin.
彼らには、綿が無く、羊毛が無く、石油製品が無く、スズが無く、ゴムが無く、その他にも多くの資源が欠乏しています。それらすべてのものは、アジア海域に存在していたのです。

They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan.
これらの供給が断たれた場合には、日本では、一千万人から一千二百万人の失業者が生まれるという恐怖感がありました。

Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.
したがって、彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだったのです。

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Author:C.F.E.
現実にいる政治家に会うこともあったが、どうにも信用ができなかった。それは、客観性のない事実を彼らが信じ、誰が考えたかもわからない論理を発展させ、政策にしていたから。僕は、そんな彼らに辟易としていたが、何もせず彼らの好きなようにさせておくわけにはいかないと考え、少しでも多くの人へ、事実を伝えていけたらと思い、ここに行動を開始いたします。

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